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2019年10月20日

「英語ができなくても通訳を雇えばいい」と思ってる人が知らないこと

英語なんてできなくても通訳を雇えばいい!?

 ども勉三です。英語学習に対するニーズが高まる一方で、依然として英語アレルギーも根強く感じられます。色んな人が英語を勉強しない言い訳を考えていて感心することもあるのですが、たまにいるのが「英語なんてできなくても通訳を雇えばいい」とかのたまっている人。

 今回はこのような説を唱える人がどれだけ世間知らずかを説明します。

そもそも通訳って手配するのも大変

 勉三は仕事柄、同時通訳の方を手配することがたまにあります。クライアントに英語を全然話せない人がいたりする時ですね。

 しかし通訳というのは頼んですぐに来てくれるとは限りません。例えば急に明日会議が設定されて、通訳を手配できるかといったら、難しいでしょう。ましてその日の内なんて無理。通訳もお仕事ですから、依頼して来てくれるまでには最低でも数日間のリードタイムが必要です。目まぐるしく状況が変わる日々の業務に通訳で即応するというのは不可能です。

 また、通訳だったら来た瞬間からどんな内容でも同時翻訳してくれると思っている人がいますが、これもありえません。通訳といっても話される内容の分野により大きく影響を受けます。勉三の実経験ですが、業者に頼んで通訳に来られた方がその分野のことを全く知らず、殆ど通訳できなかったという事もありました。

 じゃあその分野に詳しい通訳を手配すればいいじゃないかと思うかもしれませんが、その時点でかなり人数は限られてしまい、コストが高くなるか、人がいなくて空きがないかになりがちです。また、専門がますます細分化されていくご時世ですから、例えば医学専門の通訳といっても、少し込み入った専門的な話になると全く訳せなかったりします。

 そのため、通訳を手配する際には通常、どういった分野の会議か細かく聞かれ、資料などがある場合には少なくとも24時間前には事前の共有を求められるのが普通です。そのため会議直前に資料が完成するのが常のコンサル業界では、よく通訳から苦情を受けます(笑)これからしても日々の業務で通訳に頼るのは難しいのが分かるでしょう。

同時通訳はとっても負荷がかかる

 「英語ができなくても通訳を雇えばいい」と思っている人は、同時通訳にはとてつもなく負荷がかかることも知らないのでしょう。通訳を手配した際には、その人の実力や専門性にもよりますが、連続してできるのは15分から30分ぐらいが限界となります。

 通訳のいる国際会議などに出られたことのある方は見たことがあるかもしれませんが、長い会議だと通訳の方が2人〜4人がペアになって参加します。1人が先に担当し、15分経ったら交代です。なので通訳の方は常に時計を机の上に置かれています。

 1時間の会議であれば最低でも2名の通訳が必要です。通訳の費用はピンキリですが、業務に使えるまともなレベルの方ですと、1日1人あたり5万円はかかります。英語ができないあなたのために2人分を1日10万円出して雇うのでしょうか? 大臣や取締役クラスであれば別ですが普通のサラリーマンではありえないでしょう。

 たまに「通訳なんだから予習もなしで何時間だろうとできて当然だ」みたいに思っている人がいますが、通訳の方からは思いっきり嫌われてしまうので要注意です。

通訳ありだと会議の生産性は大きく落ちる

 そして最も問題なのは、通訳を入れずに全員が直接やりとりする場合と比べると、通訳を入れる場合に会議の生産性が大きく落ちることです。決して生産性を保ったまま会議が多言語化できるわけではないのです。

 まず、通訳をするということは、会議の時間がそれだけ伸びるということです。細かいレスポンスの続く会話ですと、単純計算で2倍時間がかかることになります。従って会議で話せる内容は通常の半分になってしまうわけです。

 また、通訳の方に十分に実力を発揮していただくためには、話す側も翻訳しやすい文章で話す必要があります。ここも通常の会議通りにはいきません。しかし、そういった注意点があっても、みんな自分が話をしだすと忘れてしまうもので、そうなると通訳がうまくできず、通訳を聞いている人たちが議論についていけず不満になるということが良くあります。

最後に

 いかがでしたでしょうか。「英語ができなくても通訳を雇えばいい」なんてのが、いかに絵空事か分かるかと思います。通訳が有効なのは、(1) あらかじめ日程、進行、話題などが決まっている会議やイベント (2) それほど専門的な話題ではない(専門的な話題の場合は24時間前までの資料共有が必須)(3) 質の良い通訳の確保のために多くのお金をかけられる といった条件を満たしていることが前提条件です。

 そのため、大きい国際会議や国際学会などでは有効であるものの、日々の業務で通訳に頼るというのは、小回りがきかず、コストもかかるため現実的ではありません。

 それでも、あなたが経営者や大臣であれば良いのかもしれませんが、普通の人はそこに行き着くまでは通訳なしで勝負する必要があるでしょう。

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posted by 勉三 at 06:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | 英語
2019年10月19日

仕事で使える英語表現(12):at the end of the day(結局は、最終的には)

at the end of the day(結局は、最終的には)

 ども勉三です。「仕事で使える英語表現」の第12回目。今回は at the end of the day というイディオムについて解説します。

文字通りの意味ではない

 この表現、知らないと「1日の終わりに」と文字通り解釈してしまいがちですが、実は finally や eventually などと同等の「結局は」「最終的には」という意味で使われることが多いのです。

 このように個別の単語の意味を知っていても、組み合わさることで特別な意味を持つ表現のことをイディオムと言います。

 ただし、「1日の終わりに」という文字通りの意味で使われることも無いわけではありません。そこが難しいところなのですが、文脈で判断するしかありません。

 例を見てみましょう。

We have to do it at the end of the day.

結局はやらなければならない。

 一見すると「今日中にやらなければならない」と解釈してしまうかもしれませんが、ここでは、そうではなく「最終的には」「結局は」という意味で at the end of the day が使われています。

 もし「今日中にやらなければならない」と言いたいなら "We have to do it today" だとか "We have to do it by the end of the day" などのような表現になるでしょう。

 では次の例はどうでしょうか?

Make sure to take this tablet at the end of the day.

この錠剤を1日の終わりに飲んでください

 ここでは文字通りの「1日の終わりに」という意味で使われています。このようにどちらの意味で使われているかは文脈で判断する必要がありますが、通常は意味から考えて迷うことは少ないと思います。大事なのは、at the end of the day にイディオマティックな意味もあるということを知っておくことだと思います。

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posted by 勉三 at 13:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 英語
2019年10月18日

マラソンの札幌開催で露呈した「自ら変われない」日本

東京五輪のマラソン・競歩が札幌開催に

 ども勉三です。東京五輪のマラソン、競歩の開催地が札幌に変更になったことが大きな話題になっていますね。まだ最終確定ではないようですが、IOCのバッハ会長の強い意向と事前の根回しでトップ合意ができていることから考えて、これを覆すことは難しいでしょう。

 さて、今回の変更には賛否両論があるものの、勉三は基本的には全面賛成です。「アスリートファースト」を謳うのであれば、「チケットを購入した人はどうするんだ」とか「整備した費用はどうするんだ」とかは文字通り二の次です。ましてや「東京五輪なのに札幌はおかしい」といった名目的な問題は、本当にどうでもいいとしか言いようがありません。

この決定が日本人から出てこなかったのがヤバい

 それより勉三がむしろヤバいと感じたのは、今回の変更が日本人から出てこなかった点です。当然、我々日本人は真夏の東京の暑さとそれに伴う問題点に関しては、東京五輪決定時から早々に認識していたはずです。にも拘わらず、我々は会場整備やらチケット販売といった形式的な五輪準備に追われ、本質的な議論を全くしてこなかったことになります。

 この問題は五輪だけでなく、他の色々な分野でも見られる日本の弱点ではないでしょうか。勉三は仕事柄、欧米のチームと一緒にプロジェクトを行うことが多いのですが、今回の札幌決定のように日本と欧米の仕事の進め方の違いを感じることが多いです。いくつか代表的なものを紹介したいと思います。

欧米はとにかくトップダウンで物事が進む

 今回のように欧米ではトップが積極的に自ら動き、議論を主導することが多いです。例えば、我々コンサル業界で、日米で共同のグローバルチームを組んだ場合、クライアントとの重要な会議で日本のパートナーと米国のパートナーが両方出席したら(パートナーというのはコンサル業界において役員に相当する職位です)、議論を主導するのはまず米国のパートナーです。

 英語力の問題等もあろうかと思われますが、ビジネスに対する理解、各国とのコネクション、エグゼクティブとの人脈などなど、あらゆる面で日本のパートナーは太刀打ちできません。日本のパートナーも、日本人だけのドメスティック案件では非常に有能な方たちなのですが、グローバル案件になると借りてきた猫のように大人しくなります。

 それは日本では部下が提案や分析し、最終的にトップが判断するというボトムアップ型が普通であるのに対し、欧米ではトップがまず指示を出すというトップダウン型が普通であり、実務力が段違いであるというのに起因していると勉三は考えています。

 今回の森会長とバッハ会長を見ていると、グローバルプロジェクトにおける日本と欧米のパートナーの違いを彷彿とさせ、「あるある」としか思えないのです。

いったんタイムラインを引いたら、その遵守が最優先になってしまう日本

 もう1つの違いはタイムラインや締め切りに対する意識の違いです。世界中の中でも日本人は段取りに時間をかけ、いったん計画を立てた後はその遵守に拘る国民性であることが知られています。いわば「段取り型」の国民です。

 これと比べると、欧米に限らず他の殆どの国は、段取りはほどほどにして、走りながら計画を修正していく傾向にあります。皆さんもこれまでの他国のオリンピックで「開催1年前なのにまだスタジアムが完成していない」といった報道を何度も耳にしたかと思いますが、海外ではあれが普通なのです。日本人みたいに緻密なスケジュールで動いているわけではありません。

 この日本人の国民性は、高い定時性を誇る鉄道や、製造業の品質の高さに寄与しており、決して悪いことではないのですが、時として柔軟性に欠け、現実の変化に応じて計画を修正するのが苦手という面もあります。

 勉三もグローバルプロジェクトでは日本と欧米のタイムラインに対する意識の違いを感じることが多いです。「え?今頃になってそんな根本的な変更をかけるのか?」と日本人なら思うことを、彼らはよくトップダウンで決定してしまいます。

最後に

 いかがでしたでしょうか。勉三は今回の件で、太平洋戦争でなかなか終戦に踏み切れず迷走を続けた戦前の日本を想起してしまいます。あれもボトムダウン的な進め方が基本である日本の欠点が問題だったと思います。政治家も、軍の幹部も、天皇でさえも、敗色濃厚になっても誰も終戦すると決定できなかったのです。

 今回、外国人のバッハ会長が言い出すまで、皆が問題になることを分かっていながら、根本的な手を打たずにマラソンの東京開催で走り続けた日本人の限界を感じてしまいます。

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posted by 勉三 at 22:38 | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事