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2020年09月06日

新卒就職時がピークの理系が多い理由とそうならないために

会社に入ってから停滞する理系が多い

 ども勉三です。勉三は以前は大手メーカーで研究職として働いていたのですが、メーカーなので当然、同期入社には理系の大学院卒だけでなく文系の方もいるわけです。新卒入社時には肩を並べて研修をうける訳です。

 その時に、理系修士卒であった勉三から見て、彼らの印象は「若いな」でした。修士卒と学部卒で2歳は違うわけですから当然といえば当然ですが、理系には比較的落ち着いた人が多いのに対して文系は活動的な人が多いという違いもあったと思います。言葉を変えれば「子供っぽい」とも表現できるかもしれません。

 そしてそこから3年ぐらい経って、再び研修で同期入社組が集まる機会がありました。そこで一番驚いたのは、あれだけ若い、子供っぽいと思った文系新人が、顔つきが全く異なって大人びていること。それだけなら3年経っているので当たり前と思うかもしれません。しかし、それとは対照的に理系の顔つきは(少し老けただけで)それほど変わっておらず、3年前とは逆に理系の方が子供っぽく見えたのです。

 これは勉三だけの意見ではなく、その研修にいた他の理系同期と話をしてみても皆同じ感想でした。3年間に文系卒が理系卒よりも多くの修羅場をくぐって成長してきたことが、その顔つきを見ればわかったのです。

あれだけ夢をもって会社に入ったのに

 差がついたのは顔つきだけではありません。理系院卒でメーカーなどに就職する人たちは皆優秀で大きな夢を持っている人が殆どです。勉三のいた会社でも、新人が自主的に部署をこえて同期勉強会を開催したり、非常に意識が高かったのを覚えています。

 しかし、そんな新人も3年、5年と会社にいるうちに、徐々にサラリーマンのマインドになっていきます。考えるのは仕事のことではなく、結婚、出産、育児、マイホーム、車などのこと。もちろんそれらは大事なことです。問題は、自分がこのまま同じ会社で働き続けることを仮定し、それが当たり前として疑わないようになっていくことなのです。

 子供ができてローンもあるから仕事を辞める訳にはいかない。だから本心では無意味あるいはやりたくないと思えるような仕事でさえ、上司との関係を荒立てずに無難にこなそうという風になります。

 もちろん、これは文系出身の社員だって同様でしょう。しかし、理系はもともとパッションが強い人が多かっただけに、その落差が顕著です。

視野がどんどん狭くなっていき社内しか興味がなくなる

 理系が入社後に停滞する別の理由として、社内思考に陥りがちというのがあります。

 これはいくつか要因がありますが、1つには理系の勤務地が、本社ではなく郊外や田舎にあることが多いためです。東京の中で働くのと、同じ会社の人といく先々で顔を合わせるような田舎で働くのとでは、当然見聞きする世界の範囲が大きく違ってきます。

 理系が田舎の居酒屋で大学生と変わらないレベルの飲み会をしている間、本社勤務の人たちは丸の内あたりのこじゃれたレストランやバーで洗練された食事を楽しんでいるわけです。食事ぐらいがなんだと思うかもしれませんが、一事が万事というやつで、徐々に世の中の流れから取り残されていきます。

 もう1つは、理系の業務が独立や転職に向かない性質であるという点です。例えば理系でメーカーで何かについて研究していたとしましょう。理系の研究分野は細かく細分化されているので、同業他社でも合致しない可能性があります。営業などは同業他社ならほぼ同じスキルセットが通用しますし、ケースバイケースですが他業界でもある程度通用するでしょう。

 また、理系のメーカーでの仕事は巨大資本のもとでの業務が前提なので、個人で独立に向きません。生産プラントでの仕事なんて、独立して開業できるわけがないですからね。この点、医師や弁護士などの士業は独立開業が比較的容易ですし、文系も理系よりは独立でスキルを生かしやすいです。

 こうして、理系は入社後にどんどんコミニュティが狭くなっていき、自分の会社と、あとは共同研究などでお世話になっている大学などぐらいしか知らない、興味のない人間になっていきがちです。

高校時代の同期と比べると・・・

 そうして30歳過ぎになった頃、勉三は愕然としました。勉三はそこそこの進学校に通っていたため、同期は医師や弁護士になる人が多く、彼らと比べるとメーカーの研究職というのはなんと「しょうもない」仕事なのかと。誤解を恐れずに書きますが、それが研究職をやっていた勉三の正直な感想でした。ただのサラリーマンに過ぎません。

 また、医師や弁護士でなくとも、外資の投資銀行やコンサル、総合商社、マスコミなどで若くして高額の給料をもらっており、東京の生活を謳歌している人たちと比べても、なんと惨めなのだろうと。もちろん、メーカーとて給料が安いというわけではありませんでしたが、彼らと比べると「世の中にはもっと稼いでる人がたくさんいるのに、俺はこのままでいいのか」という忸怩たる思いがこみ上げてきました。これはお金だけではありません、お金というのは仕事の価値や重要性に対する対価であり、給料が彼らより低いというのは彼らより価値を生み出せていないことを意味します。

 大学院卒業時には、名だたる大企業に就職できたことに誇りを感じ、自分は勝ち組で今後は安泰だと思っていたのにです。多分、ネットをみても理系院卒で就職が決まった人はそういう考えの人が多いのではないでしょうか。しかし、殆どの理系サラリーマンはそこがピークです。

社会人になってもう一度考えてみよう

 理系の人で大企業に入る人は、小さい頃から理科や算数が好きで、あるいは親が同様に理系職だったりして、子供の頃から理系の道に進みたいと思ってきた人が多いと思います。かつ、アカデミアではなく企業の道を選ぶということは、やりたいことだけではなく経済的安定にも軸足をおきたいとか、世界を席巻した日本企業の技術力や製品に憧れてという気持ちがある人が多いでしょう。

 しかし、もしかしたら理系が向いているというのは幼少時からの刷り込み、思い込みかもしれません。そこまでではなくても、大人になっていろいろなことを知れば当然興味も変わってくるでしょう。

また、時代も変わっています。同じ企業でもここ10年、20年でかなり保守的になったところが多いと聞きます。日本全体がコンプライアンス重視になり、仕事をすることよりもしないことの方が推奨される傾向すらあります。研究者も以前は田舎の研究所にこもってひたすら研究していればよかったのですが、今はそれでは無理です。むしろ外部からイノベーションの種となるものを見つけてきて、そこに投資し、進捗をマネジメントするのが大企業の技術職の業務になっています。

 大切なのは、一度決めた進路をそのまま歩み続けるのではなく、選択肢を可能な限り広くもっておき、社会や自分の変化に応じて進路を変えることです。

 仕事に何も不満や疑いもないのであれば構いませんが、もし現状に物足りなさや違和感を感じているのであれば、それは視野を広くして別の進路を探す時期かもしれません。

 

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posted by 勉三 at 11:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 理系
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