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2020年02月22日

クルーズ船の検疫の議論で見落とされている本質(2)

クルーズ船の検疫を本質から考えよう

 前回の記事で、防疫を考える際に最低限考慮しなければならない要素として「感染制御」「費用対効果」「人権」「科学的不確実性」「意思決定」の5つを挙げました。

 今回は「人権」「科学的不確実性」「意思決定」の3つの要素について解説していきたいと思います。

人権

 防疫を考える際、感染制御は当然大切なのですが、それと同じぐらい検疫対象者や感染者の人権への配慮が大切になります。現在の日本の世論を見ていて、勉三が最も危機感を覚える部分になります。

 感染制御だけでいうなら一切の渡航を禁止し、いつまでも船上に留めておくというのが確実でしょう。しかし、それでは完全に人権を無視することになってしまいます。特に今回のような、ウィルスの致死率がそう高くないような場合、検疫により生じる対象者への肉体的・精神的なダメージが、どこまで正当化されるかという観点での議論が必要になるでしょう。

 また、昨年の台風で武蔵小杉一帯が浸水した際に何故か被災者叩きが横行しましたが、今回のクルーズ船にもそれと似たような被害者叩きの感情があるのではと感じます。クルーズ船で旅行できるのはある程度のお金を持っている層でしょうし、彼らがどんな苦痛を受けても構わない、いやむしろ愉快であるといった風に思っている人もいることでしょう。しかし、そういった態度は結局は回りまわって最終的には全国民の不利益に跳ね返ってくるであろうことは認識しておくべきでしょう。

 今回のクルーズ船の対応では、あまりに感染制御の面での議論に偏りすぎており(しかもその感染制御も間違った方法で不十分)、費用対効果や人権といった観点での議論がすっぽり抜けていると勉三は感じています。

科学的不確実性

 もう1つ考慮しておかなければならないのは科学的不確実性です。まだまだこの新型コロナウィルスについては分からないことが多いのです。また、そもそも今回のコロナウィルスに限らず、医学は未解明のことが多いという認識も必要でしょう。

 例えば、今のところウィルスに感染しているかどうかは、PCR法で検体に含まれるウィルスの核酸分子を増幅して検出しているようです。ただし、ご存知のように一度は陰性だったのに後で陽性になったケースが後を絶ちません。

 この原因を考察すると、(1)最初に検査をしたときは本当に感染していなかったが、その後船内で感染した場合。つまり検査自体が正しいケース。(2)最初に検査をしたときも感染していたが、採取した検体にウィルスの核酸が含まれていなかった、あるいは微量過ぎてPCRで増幅するには足りなかった場合。つまり偽陰性のうち検体採取に真因があるパターン。(3)現在のPCR法による検査自体の精度が悪い場合。つまり偽陰性のうちPCR増幅に真因があるパターン。と、この3つが少なくとも考えられるでしょう。

 ところが、これもあまり踏み込んで考察されているのを聞いたことがありません。もちろん、国立感染症研究所の専門家の方たちは議論しているのでしょうが、一般人の人は検査結果の陽転という事象だけに惑わされ、全く本質的な議論ができていないように思います。

 上で挙げたような考察は専門知識は必要ありません。中学生や高校生でも論理的に考えれば議論できることでしょう。PCR法の原理なども調べれば誰でも理解できるものですし、仮に調べなかったとしても(つまりブラックボックス的な技術として扱った場合も)上のようにケースを分けて議論することは誰にでもできるはずです。

 そして大事なことは、このような検査の不完全性、ウィルスに対する知識の不完全性を踏まえた時にどのような対応を取るべきかです。とかく人はどうすればいいかの答えを専門家に求めがちですが、実のところ専門家だってわからないことだらけなわけです。ところが今の日本の風潮として、専門家が分からないなりに答えた回答が独り歩きし、政治家やマスコミを含む一般人はそれを金科玉条のように信じ、後で結果が異なると叩くと言う近視眼的なものの考え方が横行しているように思います。

 テレビを見ていると「現時点ではわからない。分からないから、コストや現実性も踏まえてこういう対応をとるべきだ。」という視点が足りないような気はしませんか?

意思決定

 そして最後ですが最も大切かもしれないのは「意思決定」の問題です。一般に何か問題があったとき、専任で対処する責任者が不在であるということが多いのですが、今回のクルーズ船や一連の対応はその好例でしょう。

 クルーズ船の対応ではそもそもの根本問題として「日本が検疫するべきだったのか」という問題がありました。船籍、運航会社、乗員などそれぞれ国が異なっており、たまたま日本にいたから横浜で停泊させて検疫を行ったわけですが、非常に難しい問題です。

 結果として、世界中のニュースで連日報道されるぐらい国際的な問題となってしまいました。ただし、勉三は今回の日本政府の決定が間違いであったとまでは言いたくありません。クルーズ船が寄港を断られ、たらい回しになる可能性もあったのですから、それを日本が受け入れたことは本来称賛されるべきことです。

 しかし、その後の対応がまずかったと思います。まず、これだけの規模の、多くの国と国民が関わる問題を、日本だけでなんとかしようと思ったのが失敗です。もっと早期から関係国と連携していくべきでした。

 また、海外向けのPRが欠如していたのも問題でしょう。上で述べた通り、日本政府の対応は本来は称賛され感謝されるべきものでありながら、海外からは非人道的だ、ミニ武漢だと散々に報道されました。これも日本政府を代表して海外に情報や意見を発信できる人がいないのが原因でしょう。

 そうして考えた時、このような国際間に渡る大規模な問題を、厚生労働省や国立感染症研究所のようなところが一手に引き受けて対処するというのは、リソース的にも権限的にも無理のある話です。日本版CDC設立の案も出ていますが、感染症対策に特化し、他の省庁に優先し影響を及ぼせる権限を持ち、かつ国際連携を行えるだけの機関が日本にも必要なのは言うまでもありません。

最後に

いかがでしたでしょうか。前回〜今回と2回に渡って、防疫の本質を考えることをテーマにお送りしました。勉三がこのブログで何度も言っていることですが、日本人の傾向として全体論ではなく個別論に偏ってしまう傾向があり、議論が枝葉末節で本質を見失う傾向があります。今回もぜひ、目の前で起きている現象だけでなく、その真因や本質を議論してもらいたいなあというのが勉三の見解です。

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posted by 勉三 at 22:37 | Comment(0) | TrackBack(0) | 時事
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