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2017年11月24日

知識が逆に本質を見失わせることもある

 我々は誰しも、自分の知らない難しい事を知っている人への憧れがあり、自分たちもそうなりたいと思う性質のようなものがあります。しかし、知識が有用なものである一方で、知識が逆に本質を見えにくくし、子供でも分かるような当たり前の理屈に気づかなくなることも多々あります。

 例を挙げましょう。少し前にあった小保方さんの事件を思い出してください。簡単に説明すると、従来は細胞を未分化な状態に戻すためには遺伝子組み換えを行う必要がありました。これが山中教授らが発見し、2012年のノーベル医学生理学賞の受賞対象ともなったiPS細胞です。ところが、小保方さんは遺伝子組み換えを行わずとも、細胞をある条件で刺激すれば未分化な状態に戻せるということを「実証」し、これにSTAP細胞という名前をつけました。本当であれば大発見なわけですが、実際には主張を裏付ける実験データに不正があり、結局は無かったということで今は決着しています。

 この問題に対して、「小保方さんのデータは捏造だったけど、STAP細胞は実在するかもしれない」とか「本当かどうか徹底的に検証するべきだ」とか色々な意見が挙がりました。しかし、私から言わせればこれらは全て本質を見失っている議論です。そして、議論を分かりにくくしているのは、iPS細胞だとかSTAP細胞だとかそういった専門用語です。一般の人からすると何やら難しそうな用語が並んでおり、この議論に参加するためには再生医療のことを勉強しないと発言できないと思ってしまいがちなのです。実際はそんなことはありません。iPS細胞だとかSTAP細胞が何かというのはいずれも本質ではないのです。

 この事例を分かりやすく理解するためには、STAP細胞ではなく宇宙人に置き換えて考えることをお薦めします。ある科学者が「シベリアの奥地で宇宙人を発見した。証拠もたくさんある」と言い出したと考えてください。本当であったら世紀の大発見なわけです。しかし、後に彼の撮った写真はすべて捏造で、その他の証拠も全て作り物であることが判明しました。この時点であなたは、この科学者をこれ以上相手にする気になりますか? 「彼のデータは嘘だったが、宇宙人は実在するかもしれない」とか考えても無意味なことは分かるでしょう。宇宙人が実際に実在するかは、その科学者が正しいか正しくないかに全く関係のない話です。仮に後で実在することが証明されても、その科学者の手柄になるわけがありません。

 このように考えれば、どうすべきかは小学生でも分かるお話なのです。ところが、当時の理化学研究所は多数の人員と予算を動員して結果の再現性の検証にやっきになっていました。データが嘘だった時点で検証する価値などないのです。本当に何かの間違いであるなら本人がもう一度きちんとデータを取って反論すればいいだけの話。宇宙人の例でいえば、全部データが嘘だったのにシベリアの奥地に調査隊を派遣するようなものです。どれだけバカバカしいか子供でも分かるでしょう。事の本質を見えにくくしているのは難しい専門用語です。専門用語に相対したとき、人は「まずはこれを勉強しなくちゃ」と思ってしまうものなのです。その時点で間違いです。まずはその専門用語を別の簡単なものに置き換えて考えてみてください。科学的発見であれば、宇宙人だとか恐竜だとかできるだけ子供にでも分かるようなものに置き換えるといいでしょう。そうすることで、物事の本質がくっきりと見えてくるものなのです。

 こういった事例は山ほどあります。我々の日常の仕事でも、知識が逆にあだとなって議論の本質を誤らせることは多々あります。そんな時はいったんその難しい部分をブラックボックスとして扱い、何か別な誰でも理解できるものに置き換えて考えるとわかりやすくなることがあるので、皆さんもやってみてください。

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posted by 勉三 at 20:35 | Comment(0) | 仕事・キャリア
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