2017年11月11日

教養のススメ。現代人は教養が足りない!?

 最近「池上彰の教養のススメ」(日経BP社)という本を読んで共感できる部分が多かったので紹介しておきます。

なぜ、私が東工大の学生に、そして読者のあなたに「教養」を学ぶことを、「教養」を身につけることを、強く勧めるのか。それは、教養こそが、学生たちにとって、社会人にとって、あらゆる人にとって、学ぶ上で、仕事をする上で、生きていく上で、「最強の武器」になるからです。(中略)20世紀の終わりから21世紀にかけて世界は激変しました。東西冷戦が終わり、既存の金融システムが崩壊し、IT革命が起こり、新興国が台頭しました。そんな急速な環境変化に対応できなかったのが、日本の大企業でした。日本企業は、「これまでのルール」に則って「合理的」に格安でモノを作ったり、サービスを提供したりするのに長けていました。しかし、「これまでのルール」が崩壊し、自らの力で新しい市場を創り、新しい顧客を創り、新しい世界を創る、そんな創造性を必要とする時代になると、魅力的な製品やサービスを開発できなくなったのです。それはなぜか。ひとことでいえば、「教養がなかった」からではないでしょうか。自分の内側の狭い専門分野の知識と経験しかなく、自分の外側に広がる世界を、人間そのものの心理や本性を、知り得なかったからです。言い換えれば、「すぐに役に立つ知識」しか武器として持っていなかったからです。

 流石池上さんという感じで本質を端的に言い表していますね。これは勉三の考えとも一致します。池上さんに限らず、教養の重要性はこれまでにも幾度となく様々な人が言及してきました。しかし、それぞれが教養という言葉を異なるイメージで使っていて、教養が大事なことは何となく分かるけれども、いまいち議論に納得できない人はおおいのではとおもいます。勉三は教養を「仕事に直接に役に立たない知識」と定義して捉えています。教養というと、歴史や古典、外国語などを連想してしまいますが、別にそれらに限定する必要はないと思います。ゲーム、漫画、アニメなどでも教養になりえると思います。

 私が「現代の社会人は教養が足りてないんじゃないか?」と強く感じたきっかけは、仕事で講演会やセミナーといった類にものに数多く参加するなかででした。テーマが、業務に直結している時とそうでない時とで、聴衆の食いつきが全然違うのです。それが細かければ細かいことであるほど、皆さん真剣に聞いているのです。一方で、少しでも自分の業務から外れる話題になると、とたんに興味がなくなり、寝てしまう人が続出する始末。確かに、目先の業務のことだけを考えれば、それが正しいのかもしれません。しかし、池上さんも仰っていますが「すぐに役に立つ知識」はすぐに陳腐化します。今の自分の仕事ではとても大事なことなのかもしれませんが、外にいけばどうでもいいことだったり、あるいは同じ仕事でも10年後には役に立たなくなっていたり、そういう類のものが多いのです。そういった「すぐに役に立つ知識」だけに興味を持ってそれだけを追い求めていたら、将来どうなってしまうでしょうか? 10年後、20年後には結局何も身についていないということになりかねません。

 私は「教養は身を助ける」と考えています。確かに今の目の前の仕事には役に立たないかもしれませんが、独立なりで道を切り拓いてくれるのは、意外とそういう「仕事には全く関係のなかった知識」なのです。自分が好きで続けていて、他の人より詳しい分野というのは、それがたとえ今の仕事に関係がなかったとしても、1つのアドバンテージであると思います。例えば、ずっと銀行で働いていたが、コーヒーが好きでそれでコーヒーに関係したビジネスを立ち上げるといったような人がいるように、趣味がその後の人生に役に立つことは多いと思います。

 社会の変化が加速している現代では、異業種への進出やコラボレーションの機会も多くなり、各人のキャリアも多様化すると思われます。そんな中で教養=すぐに役に立たないことは益々重要になってくると思います。みなさんもくれぐれも、目先の業務に直結した「今は重要だけど長い目広い目で見れば役に立たなくなる知識」だけを追い求めないようにして頂きたいと思っています。

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posted by 勉三 at 12:07 | Comment(0) | 書評
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